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研究成果

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研究成果 2024年

研究成果
脂質の酸化を抑える薬の効率的な探索法を開発
〜加齢黄斑変性や血管性認知症などの治療法開発にも期待〜
分子病態解析学分野
2024.05.23

アクセス数:1768

脂質の酸化を抑える薬の効率的な探索法を開発

〜加齢黄斑変性や血管性認知症などの治療法開発にも期待〜



ポイント

     脂質の酸化は炎症や細胞死を引き起こし、様々な疾患に関わることが知られているが、これを強く抑制できる薬剤は不足しており、効率的な探索法が必要とされていました。

     本研究では、独自の検出試薬を用いた脂質過酸化反応(※1)抑制薬の効率的な探索法を開発し、これを利用して脂質酸化を抑制する既承認薬を複数同定しました。

③ 同定した薬剤は加齢黄斑変性や血管性認知症(※2の動物モデルに対しても有効性を示しており、今後、脂質酸化が関与する疾患に対する薬剤開発が促進されることが期待されます。


概要
 脂質は細胞膜を始めとした生体膜を構成する主要な成分ですが、活性酸素種(※3)等によって容易に酸化され酸化脂質を生成します。この酸化脂質は、炎症や細胞死などを引き起こし、様々な疾患の発症・進展に関与することが知られています。そのため脂質の酸化を抑えることは、疾患治療の有効な戦略と考えられていますが、脂質過酸化反応抑制薬を効率よく探索する手法は存在しませんでした。
 九州大学大学院薬学研究院の山田健一主幹教授、森亮太大学院生(当時)、阿部真紗美大学院生(当時)、斎元祐真大学院生、森本和志助教らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構の中西郁夫チームリーダー、大阪大学先導的学際研究機構の大久保敬教授、板橋勇輝特任助教(常勤)、島根大学医学部眼科学講座の谷戸正樹教授,海津幸子助教らと共同で、脂質由来ラジカルとのみ反応する試薬を開発し、これを利用した新たなハイスループットスクリーニング系を構築しました。また、構築した探索法を元に、アメリカ食品医薬品局(FDA)により承認済みの766化合物を対象に脂質過酸化反応抑制薬を探索し、高血圧治療薬のメチルドパを含む29種類の化合物が高い抑制作用を持つことを見出しました。これら化合物は、臨床上それぞれ異なる疾患に対して用いられていますが、そのうち23種の化合物は過去に酸化ストレスが関与する疾患モデルでの有効性が報告されていました。また今回、メチルドパが加齢黄斑変性(※4)や血管性認知症の動物モデルに対しても有効であることを明らかにしました。今回の成果から、広範な疾患に対する脂質過酸化反応抑制薬の有用性が示され、さらにその効率的な探索が可能になったことから、様々な疾患に対する治療薬開発に役立つことが期待されます。
 本研究成果は、2024年5月8日(水)に蘭国の国際科学誌「Redox Biology」オンライン版に掲載されました。

図1. 成果の概要図1. 成果の概要
新たに開発した脂質ラジカル検出試薬(NBD-TEEPO)をリポソームの脂質過酸化反応に用いることで、高効率なスクリーニング系を構築しました。これをFDA既承認化合物ライブラリに適用した結果、メチルドパを始めとした多数の化合物が見出され、さらにメチルドパは網膜障害モデルや血管性認知症モデルに有効であることが示されました。

【研究の背景と経緯】
 脂質は細胞膜を始めとした生体内の膜成分を構成する主要な成分です。このうちグリセロリン脂質は分子内に多価不飽和脂肪酸を含んでおり、活性酸素種等によって容易に酸化されます。これら活性酸素種が原因となり生成する酸化脂質は、炎症の惹起などを介して心筋梗塞や脳梗塞の治療時(再灌流)など、様々な疾患に関わることが知られています。特に近年、脂質の酸化を原因とした新たな細胞死(フェロトーシス)が発見され、大きな注目を集めています。フェロトーシスは再灌流障害の他にも、アルツハイマー病などの神経変性疾患や肺障害、肝障害など様々な疾患に関わることが明らかになりつつあり、脂質の酸化を抑制する薬が強く望まれています。しかしながら現在、ヒトに適用可能な脂質酸化の抑制剤は多くはなく、また強い活性を持った抑制剤の効率的な探索方法も存在しませんでした。

【研究の内容と成果】
 脂質が酸化される際には、中間体として脂質のラジカル(図1のL•)が生じます。私たちはこの脂質ラジカルと高選択的に反応する検出試薬(NBD-TEEPO)を開発しました。さらに脂質としてリポソームを利用することで、細胞膜など脂溶性の環境中で起きる脂質過酸化反応を模倣しました。ここで、AAPHや鉄イオンなどで脂質を酸化させると、生じた脂質ラジカルとNBD-TEEPOが反応し蛍光が上昇しますが、適切な抗酸化剤が存在すると蛍光上昇は抑制されます。NBD-TEEPOと脂質ラジカルとの反応性は非常に高いため、これを抑制できる化合物は抗酸化作用が強いことを意味します。
 そこで、私たちはまず、構築したスクリーニング系をアメリカ食品医薬品局(FDA)により承認済みの766化合物に適用しました。その結果、29種類の化合物が高い抑制活性を示し、驚くべきことに、そのうち23種の化合物については過去に酸化ストレスが関与する疾患モデルでの有効性が報告されていました。これらの化合物は、臨床上はそれぞれ異なる疾患に対して異なる目的で用いられていますが、従来の作用とは別に脂質過酸化反応の抑制剤としても有望であることを示唆しています。また、これらの結果は、本スクリーニング系の有効性を示しているとも言えます。
 続いて私たちは、安全域の広さや副作用の少なさ、中枢移行性などを考慮して、ヒット化合物の中からメチルドパを選択し、加齢黄斑変性と血管性認知症の動物モデルに対する有効性を検証しました。網膜や脳は多価不飽和脂肪酸が豊富に存在し、酸素消費量も多いことから脂質過酸化反応が生じやすい環境と言えます。そこで、加齢黄斑変性のモデルとしても用いられる光誘導性網膜障害モデルマウスにメチルドパを投与したところ、光照射による網膜障害が顕著に抑制されました(図2A)。また血管性認知症モデルである、両側総頸動脈狭窄モデルマウスに対してもメチルドパは認知機能の低下を有意に抑制しました(図2B)。以上より、これらの疾患には脂質過酸化反応が関与しており、その抑制は有効な治療ターゲットとなることが示唆されました。

図2. 病態モデルマウスにおけるメチルドパの有効性
2. 病態モデルマウスにおけるメチルドパの有効性
(A) 強い光を受けたマウスでは網膜中の視細胞が死滅し、視細胞の核である外顆粒層(矢印)が薄くなる。メチルドパの投与は、厚さの減少を顕著に抑制した。
(B) 総頸動脈にマイクロコイルを装着させることで慢性的な脳血流量の減少を引き起こす、血管性認知症のモデルを作成した。マウスは新奇物質を優先して探索するが、病態群では認知機能の低下により、新奇物体の判別率が低下する。メチルドパの投与は、判別率の低下を有意に抑制した。

【今後の展開】

これまで、脂質過酸化反応抑制剤の効率的なスクリーニング方法は存在しませんでしたが、今回開発した手法を用いることで、迅速かつ定量的な抑制剤の探索が可能となり、今後、活性や有効性がより高い抑制剤の探索が可能となることが期待されます。さらに今回、加齢黄斑変性や血管性認知症に対して脂質過酸化反応の抑制が有効であることが示されました。今後、新たな治療戦略として研究開発が進むことが期待されます。

 

【用語解説】

(※1) 脂質過酸化反応

脂質ラジカルを介した一連の酸化的分解反応。不飽和結合を複数持つ多価不飽和脂肪酸は、二重結合に挟まれたメチレン基の水素が脱離しやすく、活性酸素種によって酸化されて脂質ラジカルとなる。脂質ラジカルは酸素と反応して過酸化脂質ラジカルとなったり、周囲の脂質を酸化して再び脂質ラジカルを生じさせ、連鎖反応を伝播させる。

 

(※2) 血管性認知症

脳梗塞や脳出血など脳血管の異常に付随して起きる認知症の総称。アルツハイマー病に次いで多い疾患である。現在、確立された治療方法は存在しない。

 

(※3) 活性酸素種

他の物質を酸化する力が非常に強い酸素。主にミトコンドリアの電子伝達系から発生するスーパーオキシドアニオンラジカルや、そこから代謝されて生じるヒドロキシルラジカルや過酸化水素、光励起によって生じる一重項酸素などが存在する。

 

(※4) 加齢黄斑変性

加齢に伴い網膜にある黄斑部が変性を起こす疾患。世界における失明原因の第3位で、2040年には約3億人が罹患すると推計されている。現状の治療薬はいずれも硝子体内への注射が必要なものばかりであり、侵襲性の低い治療方法の開発が望まれている。

  

【謝辞】

 本研究は、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST; JP22gm0910013)、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業、JSPS科研費 23H05481, 22H05572, 20H00493, 18K19405)、第一三共生命科学研究振興財団、小野医学研究財団(研究代表者:山田健一)の助成を受けたものです。

 

【論文情報】

掲載誌:Redox Biology

タイトル:Construction of a screening system for lipid-derived radical inhibitors and validation of hit compounds to target retinal and cerebrovascular diseases

著者名:Ryota Mori, Masami Abe, Yuma Saimoto, Saki Shinto, Sara Jodai, Manami Tomomatsu, Kaho Tazoe, Minato Ishida, Masataka Enoki, Nao Kato, Tomohiro Yamashita, Yuki Itabashi, Ikuo Nakanishi, Kei Ohkubo, Sachiko Kaidzu, Masaki Tanito, Yuta Matsuoka, Kazushi Morimoto, Ken-ichi Yamada

DOI10.1016/j.redox.2024.103186

 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>

九州大学 薬学研究院 主幹教授 山田健一(ヤマダケンイチ)

TEL092-642-6624 FAX092-642-6626

Mailkenyamada★phar.kyushu-u.ac.jp

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