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薬学研究院長挨拶
 
家入 一郎
薬学の広がり

10年ひと昔と言いますが、薬学の教育内容、研究領域は急速に大きく広がり続けています。

新しい医薬品の創製をゴールに見据えた医薬品シードの探索、候補化合物の高純度、高回収率を可能とする地球に優しい合成技術の開発、視覚的にも楽しい化合物の薬効評価方法の開発と応用、さらには、既医薬品の新しい適応拡大を目的とした育薬科学の展開など、これらは大学発の創薬を可能とします。しかし、薬学に課せられた責務は、その後の医薬品の適正使用にも及びます。適正な治験管理に始まり、医薬品の物流管理、遺伝子情報やADMEに基づいた処方設計、副作用モニターなどが求められます。これら総てのプロセスは多くの科学に支えられ、薬学がカバーするものです。さらに、物だけではなく、医薬産業で活躍する人材や高度専門化する医療現場で職能を発揮できる先導的薬剤師の養成が極めて重要です。加えて、国際化の波も忘れてはいけません。このような薬学のフィールドの広がりは、医療や社会が求める責任に比例します。これからも、我々は独創性の高い魅力的な研究とそれらを正しく活用できる人材を養成するための教育を行い、医薬界、社会に対して責任を果たしていきたいと考えています。

九州大学薬学のあゆみ

九州大学薬学部の歩みは、昭和25年(1950年)4月に九州大学医学部薬学科が新設されたことに始まりますが、医学部の歴史に源流を求めますと、慶応3年(1867年)に黒田藩が西洋医学の教育機関である「賛生館」を開設し、これを母体として、明治36年(1903年)4月に明治政府の勅使により、京都帝国大学福岡医科大学が設置されたことが歴史にあります。明治44年(1911年)1月に九州帝国大学が設置され、4月に京都帝国大学福岡医科大学が九州帝国大学医科大学となり、九州帝国大学医学部と名称変更の後、昭和22年(1947年)10月に九州大学医学部となりました。昭和39年(1964年)4月に製薬化学が付加設置されて、薬学部が独立・誕生した次第です。その後、平成11年度からは総合薬学科の1学科制、平成18年4月より、薬学部は4年制の創薬科学科と6年制の臨床薬学科の2学科制が敷かれ、現在に至っています。

昭和28年(1953年)4月に薬学研究科薬学専攻が開設され、大学院薬学府の歩みが始まります。昭和43年(1968年)、製薬化学専攻が増設され、平成4年(1992年)に国立大学として初めて医療薬学専攻が設置されました。平成11年(1997年)からの大学院重点化に伴い、医療薬科学専攻と創薬科学専攻の2専攻に再編し、今日に至ります。

現在、教職員が所属する研究組織を「薬学研究院」、学生が所属する教育のための組織を学部生であれば「学部」、大学院生であれは「学府」と呼称します。

九州大学薬学からのメッセージ
研究水準、教育成果、産学官連携等の客観的データに基づき、九州大学薬学の強みや特色などの役割(ミッションと定義)を以下のように整理し、推進していくことを宣言しています。
医学・歯学・薬学・保健学が協働し、それぞれの専門性に立脚した多職種間連携教育により次世代を担うグローバル人材を育成し、産学官連携開放型 の国際ライフイノベーション拠点として、先進的な基礎研究に裏打ちされた先進医療の研究開発と医療を推進する。
同一キャンパス内に位置する医学系・保健系との部局間連携や創薬・育薬に関する研究単位を束ねた分野横断型の教育研究体制を活かし、創薬科学の視点から新領域を開拓できるグローバルな視野を持つ創薬研究者を養成するとともに、臨床薬学の視点から医療現場でサイエンスのできる薬剤師・臨床薬学研究者を養成する。
医療薬学、専門薬剤師教育に関する取組の実績や他大学や学外医療機関等との連携による教育研究プログラム実施、学生交流や薬学教育者の育成等の実績を活かした取組を推進し、薬学教育の発展に貢献する。
分野横断的な取組や産学官の連携、国際研究交流や橋渡し研究といった学術的基盤の充実を元に、革新的な医薬品・診断マーカーの迅速かつ効率的な開発を目指す研究を初めとする独創的な研究(痛み研究拠点の経験を活かしたグリーンファルマ研究等)を推進するとともに、次世代を担う人材の育成を進める。